yomayt’s blog

観に行った舞台関連とか

野外公演備忘録 厳島神社篇

海外遠征備忘録、つぎの巴里について書き進めてるけどワンクッションしたい。
折角なので思い出せる範囲のことを

いつにも増して個人的なことなので支離滅裂だし不快な表現もあるかもしれない。
あの公演について思うところがあるひとがいるのもわかっている。

今更すぎるけど自己責任でお願いします

野外公演備忘録 厳島奉納行事篇

もうあれから2年くらいたつしたった1度のことではあったけれど、
いまでも昨日の様な、現実だったのか自分の思い描いた妄想だったのではないかと思うような光景をみました

海外遠征上海にいくまえの、秋のことです。

チケットがとれたのは一番最 初の先行だった。
7月の初旬、仕事が忙しすぎて毎日何がなんだかわからないときで、
やっととれた休憩時間、15時すぎのメール通知をぼんやりひらいたら当選していて、えもいえず、ひとめもはばからず震え泣いた。

あまりに衝撃すぎて嬉しかったのでうかれすぎていたら周囲の友人らがほとんど当たっていなくて、障る発言や行動をとってしまったことは、申し訳なかったとおもう。

人生をみつめなおす程度に精神的に弱っていた頃なので、なにものにもかえがたい嬉しい朗報だったんです。ごめんなさい。

チケットをDLしたら、絵柄は大鳥居の写真だった。

紙ではなくスマホチケットで取得したため、スマホがダメになると一大事、端末にDLして からドキドキした日々をおくっていた。

紙をなくしても一大事だけど、普段携帯しているものだけに非常に神経をつかっていたのを覚えている。いまおもえば、DLしなければよかっただけなのだけれど
座席がどこか知りたいというのもあった。実際DLしてもよくわからなかったけど

11月の中旬ともあって夜はとても寒いと教えてもらったので防寒着とカイロ装備で挑んだ。

前日まではひどい雨がふっていてとても心配だったけれど
現地入りした日はむしろすこし暑いくらいで、
紅葉がはじまりかけていて観光客も多く、一見、いつもどおりの宮島だった。

御参りしにいくまでは。

神社に近づくにつれ、いつもとちがう様子が外観 からひとめでわかる。

普段はみなれない音響機材や座席がそこここに配置されていて、
ステージのために増やされた足場は封鎖されて、通れない場所もあった。

ああ、本当に今日ここで公演が行われるのだと

朱塗りの柱の横にある照明器具をみながらすこしずつ実感した。

とはいえ境内の廻廊の柱~天井には子供が描いた絵とか、一般公募のなにかの和歌がぺたぺた貼付けしてあって、日常の中に非日常が介入している姿が不思議だった

余談だけどこの日、宝物館をみていたら平家の刀の実装が発表されて、今日というこの日にこのタイミングで、なんてニクイことをするのだろうと、くずれおちた。

そのあと清盛神社おまいりした。そこにいくまでに、中継用の大きな機材車両やあわただしくうごく
スタッフさんをみて、いよいよだとドキドキした。


宿泊は帰りの混雑を考慮して最初から島内にとっていたので、
そこにチェックインをしたら同じような人たちが泊まっていた。

開演時間に間に合うように早めに食事を用意してくれて非常に助かった。問い合わせも事前にしておいたけど。
神社でなにがしか公演することは初めてではないから、柔軟に対応してくれていたようだ。牡蠣尽くしのお料理と地酒が最高だった。

部屋からは大鳥居がみえて、ときおり照明のチェックをしているのか光ったりするのが観えた。

時間になるとすこし雨がぱらついたりして湿度がとてもたかく、薄曇りの空に、月がぼんやりと朧にみえていた。

この月のもと演るのか。

チケットをもぎられたら、それまで鳥居だった画像のなかに彼らが浮かび上がる仕様だった。チケットの中にも彼らが顕現した。泣いた。

席にいくとパイプ椅子が結露してじっとりと濡れていて隣の席の人が声をかけてくれて、互いにハンカチを貸しあったりした。

入場したときに配られたのがカイロと、白いマフラーで、マフラーの意味を配る人は教えてくれなかったのだけれど、

前方のひとたちがマフラーをつけはじめていて、これはどうしたら。とおもってたら説明があったのか周りのひともいっせいに皆あけてつけはじめた。

内容はいっさいきこえなかったけれど、そうしなければいけないという空気がたしかにあった。後にこれが意味があったのだと知る。御神衣、だったかな

皆独り当選だから初対面どうしが隣で連番はなく、それでも少しは話し声がしていたのに時間が近づくにつれ口数がすくなくなり、はじまる10分前くらいには誰も喋らなくなっていた。

気温のせいかわからないけれど、深く息をすっても酸素がはいってこないような、
そんな刺すような緊張した空気と
神社にうちつける、波音がしずかにするだけで

照明があっても暗闇のなかに浮かぶ朱塗りの境内は、この世のものじゃない様相だった。昼間に参拝したのと同じ場所とはおもえなかった。

緊張しすぎて震えがきた。なぜだかわからないけど楽しみとかでなくって、
怖い。この空間が怖いとおもった。

はじまったら緊張感がいっきにたかまって、そして目の前の光景に、息がつまった。

綺麗だった。彼らのもなにもかもが。
きれいだったのはもちろんだけど、まず、
頭の中で目の前の光景が処理できていなかった。

普段私がみているものは、
用意された虚構の世界を、
現実を生きる生身の人間が、
あたかも現実であるかのように見せてくれるもので、

けれどそれは劇場などの密室空間で表現され、
舞台のうえではセットや小道具があるていど組まれてはいるけれども、
やはりそれは板のうえという切り取られた空間だけのことであって、

彼らの背景に広がる場面や情景は常にこちらの想像力にゆだねられていて、
けっきょくは観て受け取るこちら次第の、
各々による手作りの虚構なのである。

しかし今観てるものは違う。

確実にそこに「在る」厳島神社という現実のもののうえに、
生身の人間が、本来は虚構の、存在しないものをかたどって、

降りたっている。

ふだんの舞台のように、
こちらに場面や景色を想像することを要求していない。

まっすぐにただ目の前に広がる世界を享受すればいい。

現実として。

こんなにも、虚構が現実ととけこんで、境目がなくなっている情景を私はいままでみたことがなかった。

もちろん中身の役者のことは他の舞台でも見知っているし、各々の性格もすこしはあたまにはいっている。

けれどそんな余計なことを考えさせる余地がなかった。

あの場にいたのは役者でもキャラクターでもなく、ヒトでもなく、

カミだった。

それは「より作りこまれて現実に近づいた虚構」ではなくて、

「そこにあることをゆるされた虚構」であり、現実で

あまりにうつくしく幻想的すぎて現実なのに現実とおもえないもので、

なにか夢でも強制的に観させられている心地だった。

私が観てるものはほんとうに私の目がとらえているもので、かれらは現に、目の前に居るのだろうか…

なにをいっているんだかわからないが、そう思った。

というかいまこうしてあのときのことを思い出しても支離滅裂な感情しかうかばない。


唯一、彼らが現実に存在するものであって いまたしかに目の前にいるのだとおもわせてくれたのが、
呼吸だった。
低い気温のせいで、歌や舞にあわせてはかれる呼気がふわりと白くただよう。

ああ、生きているのだと

いつもならば箱のなかで音が跳ね返り反響してきこえるのに、
跳ね返すものがほとんどない場所だったので音が広がりきえていくのがまたとてもふしぎな心地だった。

美しい光景と厳かな演出で客席の緊張がほぐれることがなく、

普段ならば応援グッズなど片手に楽しく観聴きしているはずなのに、
身動きもとれずせいぜい涙ぐんだのをハンカチで嗚咽をおさえるくらいしか、できなかった。

そんな空気をほぐしたのがあのちいさな付喪神だった

彼が舞台に踊り出て笑顔を振りまき、こちらに手を振るようにもとめた瞬間、客席があたたまり笑顔になった。

すごかった。

寒さと緊張で固まった空気がいっきに温かくなった

まさかこの場で笑顔になれるとはおもっていなかった。

本当に彼の存在には感謝しかなかった。


この公演のために用意された楽曲、
追加された歌詞、ふりつけ、すべてがこのときだけのもので観れなくなるのがとても残念なくらいだった

そうおもういっぽう、これだけのためだからこそよかったのだとも思う。

映像や円盤に収録されてはいるけれども、
センターステージで両サイドで誰がどのような表情だったかをすべて収録されているわけでもなく、
また一夜かぎりのものともあってカメラワークもさまざまだった

生中継されてるものがすぐにアーカイブ配信され、
かえりの新幹線でみてただただ泣いた
自分の観れなかった角度でおきていたことがうつっていたり
自分は観たものがのこっていなかった。全カメラのこしてほしかった。

おわってからはフワフワした気持ちでホテルに戻った。

翌日の早朝、神社にいってみた。昨日いったときは人が沢山いたけれど、10人もみあたらなかった。

公演の座席や足場ののこっている境内は前日と違って封鎖されていたところが通ることができて、
(中央の舞台はあいかわらず封鎖されていたけれど)
彼らの観た景色が知りたくて立ってみたりした。
昇ったばかりの太陽に照らされた境内は静かで、綺麗だった。

そのあとは広島市内にいき、観光をした。

住宅街のなかにある不思議なレトロな喫茶店にいったり、おいしいバターケーキを買って贅沢な食べ方をした。

つきあってくれた友人には感謝しています。ありがとう。ほんとうにありがとう。



しかしながら今考えてみても、いくらなんでも、

世界遺産の神社で、ゲームを原作としてなりたったミュージカルの登場人物が、奉納行事として舞い踊る」

いまだに、いまだに理解がおいつかないでいる。あれはなんだったのだろう。

知りたいけれども、いまとなっては知らないほうが美しいような、楽しいような気がする。




そしてこのとき思ってもなかったよ

その1年後の秋、

小田原城の野外公演にいくことになるなんて。

~野外公演備忘録 小田原城篇に続く~